本日、9月19日に亡くなった任天堂の山内溥元社長。 スクエニ元社長の和田氏がTwitterに山内氏との思い出を投稿しています。
山内様、ご冥福をお祈りします。任天堂取引再開の最終局面。最上階にて謁見。登場したのは、銀髪に紫のスーツ、鋭い眼に甲高い声。 ラスボスは、氷属性のドラゴンだった。殺気を感じた人物はそうそういなかったので、以降組長を勉強させてもらいました。ご健在の間に大成功を報告したかった。 感謝。
>>解説:
1987年、スクウェアは任天堂のファミコンにファイナルファンタジーをリリースして大成功し、次のハードのスーパーファミコンでも名作ソフトをリリースし続けました。共同でスーパーマリオRPGを開発するなど、極めて仲良しの関係にありました。
しかし1996年、突如として任天堂へのソフト供給をやめ、SCEのプレイステーション向けに独占供給することを発表しました。これによりプレイステーションは大ヒット、反してニンテンドー64はNo.1ハードにはなれませんでした。これには任天堂の山内社長が激怒。以降、スクウェアと任天堂の交流は断絶状態になります。
この関係が動いたのは社長が交代してから。2002年に任天堂の社長が山内氏から現在の岩田氏に変わり、スクウェアも2001年12月に鈴木社長から和田社長へと変わりました。和田社長は任天堂との関係改善の交渉を進め、仲直りすることに成功。2003年2月14日には、実に7年ぶりに任天堂のハード向けの新作「ファイナルファンタジータクティクスアドバンス」が発売されることになります。
今回の和田氏の投稿は、この仲直り交渉での最終局面で登場した山内氏の印象を綴ったものなのです。
山内様、ご冥福をお祈りします。任天堂取引再開の最終局面。最上階にて謁見。登場したのは、銀髪に紫のスーツ、鋭い眼に甲高い声。 ラスボスは、氷属性のドラゴンだった。殺気を感じた人物はそうそういなかったので、以降組長を勉強させてもらいました。ご健在の間に大成功を報告したかった。 感謝。
— 和田洋一 (@yoichiw) September 19, 2013
発端は「FF1・2をニューファミコンで出せ」と言われたからでしょ
DQ1・2がスーパーファミコンで売れたのに出させてもらえなかったorz
大成功……遠い未来。